hhogのブログ

書きたいことを書いて、糧にしていく

仕事をするなら、他人の課題や問題を解決できている実感が欲しい

誰かのためを思って動けると、良い結果に繋がる可能性が高まる。

ブログやSNSでは、他人の課題や問題を解決できるような情報を発信できると、それで成果が出ていると言える。不特定多数ではなく、わずかであっても困っている人に情報が届けば、その情報を発信した意味はあったということになる。

他人の課題や問題の解決というのは、何もブログやSNSだけに求められているものではない。いわゆる仕事もその中に入るのである。

それで、仕事をする際、他人の課題や問題の解決を図ることを意識できているだろうか。自分のことで振り返ると、今はできていない。以前はできていた。

以前はできていたという方から振り返ってみると、私は以前、社内SEおよびヘルプ対応を行っていた。PCやソフトの操作で困っている人からの連絡を受け、その問題を解決するための対応を行っていた。嫌なこともあったけれど、この仕事は性に合っていたと今でも思える。困っている人の課題を直接的に解決できた時は、満足感を感じていた。「これが自分の仕事」と思えていた。裁量も大きかったのも良かった。

今はというと、誰かの困りごとを直接解決するようなことはなくなり、自分で考えて何かの課題解決に取り組んでいるわけではなく、他の誰かから渡される課題に取り組むだけの状態。渡される課題に入れ込めれば、自分事のように取り組めれば、取り組み方や捉え方は違ったのかもしれないが、それができないということは、自分事としては捉えられていないことを示している。

そして、誰のためにその課題を行っているのかということが見えていない。社内SE・ヘルプ対応のときのように、困っている人と直接やり取りすることがないから、まるで身が入らない。困っている人を自分が意識できないから、自分としては何をどうすれば良いのか、全然見えていない。課題を提示してくる側は誰のために何をするのかということが見えているのだろうけれど、今の私にはそれが全く見えない。

今、他人の課題や問題の解決を図るようなことを意識できないのは、仕事そのものに対して関心が持てないことに加え、困っている人が目の前にいない状況で仕事をしているから。そのような状態では、私の場合はまるで駄目なようである。ポンコツとしか言いようのない働きしかできない。身が入らない状態で行っている仕事は、どこまで行っても身が入らないし、上達もしない。

今の仕事ではどうしても身が入らないと言うなら、仕事そのものを自分で変えるのが最善の道となる。どのような仕事に変えるのかというと、自分の経験や勉強したこと、関心事などを元にした記事を書き、誰かの課題を解決する。要はブログを足がかりにして、自分から情報を発信して行きましょうということ。

仕事をするなら、他人の課題や問題を解決できているという実感が欲しかったのである。仕事をすることでお金を得たいのは当然であっても、それは必要にして十分な量が得られれば問題はない。必要にして十分なお金が得られるのであれば、欲しかったのは困っている人の課題解決に役立っているという実感。

働き方を間違えていたことがはっきりした。今の仕事に対して、他人を批判する意図はない。悪者探しをする意味など、何もない。単に自分が選択を間違えていただけのことである。